SUMOONが創られた事の発端がやはりパーティー!
ダンスミュージックを好きで家や車で聴くミックスCDじゃ事足らず、レコード堀り始めたDJやクラブ通いのパーティーピープルが集まれば、行き着く所はやはり自分たちのスタイルのパーティーって事だった。そんなよくある話でSUMOONは生まれた。

スタートは2001年青山蜂で行われたRECO名義でのパーティー。
友達のDJ達を集めて、自分達の大好物なサウンドに体を揺らして楽しんでた。
ラウンジではAfricanPercussion MATAI達が縦横無尽に太鼓を叩いていたのを今でも思い出す。

その後、客数のノルマ、箱代の不満やサウンドシステムのクォリティーの問題などなどと
ぶつかりフロアーを大地へ移す事になる。

ここで生まれたパーティーがOPEN AIR CHAOS PARTY " SUMOON "
最初のSUMOONはとてもイベントといえない規模で身内がワイワイと20人ぐらい集まって行われた。
タンテやスピーカー、PAをみんなの家から持ち寄って、参加者のほとんどが出演DJって具合のパーティーだった。
それから毎年SUMOONは、梅雨明け一発目の夏の週末に行われるようになり、夏の風物詩、音好き達の夏祭りになった。

あきる野のキャンプ場、横須賀の海岸、河口湖のキャンプ場、そして2007年は秩父のダム近くのキャンプ場で開催され、口コミでの来客数は年々増加し、今までにも数多くのDJ達にプレーしてもらい、フロアも最大で3フロアまで展開されたが、目指す所はパーティーの規模拡大ではなく、クォリティーだという事に気付き、フライヤーを廃止し、会場も縮小をしたが、サウンドにはこだわりデコレーション、照明、VJなども妥協なく、心地よいカオスな空間に24時間ノンストップで音は流れ続けた。

そして毎年続けたきたのはTシャツ作りやステッカー作りなどのグラフィックでの表現だ。

それは一つのイベントの中で肌で耳で感じ、目で感じ、思い出をを持って帰ってほしいと思ったから。
SUMOONは夏の一夜の宴であるからこそ、寒い季節でもSUMOONを感じてほしいとの願いがあった。SUMOON立ち上げから6年、遠くまで足を運んで遊びに来てくれたみんなが最高に楽しみ思い出を持ち帰ってもらえるパーティーを目指しています。

その為に必要なのはハードとなるサウンドシステムやレコード達はもちろんの事だが、大事なのはそのパーティーが醸し出すグルーヴであり、その為に不可欠なのはやはり”人”なのです。

SUMOONはボランティアともいえる多くの心強いクルー達、そして毎年顔を見せてくれるフリーク達。
このみんなの力で1を10にし、ブースとフロアーの繋がりが、10の力を100となる現象を教えてくれた。

多くの来客を求めるのではなく、来てくれたお客さんがどれだけ楽しんでくれるかを配慮し、何よりも自分たちが最高に楽しめる夏祭りになってほしいと願いパーティーを続けて、そして今に至る。

このSUMOON TOKYOのWEBサイトでは、SUMOONを知る人も知らない人もがオフィシャルDJ達のミックスやグラフィックを通じ、SUMOONという一つのノリを見て楽しんでほしいと思っています。

これからもSUMOONや自分達の愛する音楽やグラフィックを自分たちのスタイルで主張していきたい。
心打ち解け合える同士にPEACE。